
小字名の由来を調べることは、 実におもしろい。そこには地形・地質、人とのかかわり合いを知ることが出来る。
小字名は歴史の貴重な資料である。
バイパス工事により「野神」は 跡形もなく消滅してしまった。かつて、この場所は子供達の遊び場であり、大きな岩があった。そして、短い草が生えた斜面をゴロゴロと、子どもたちは転がって遊んでいた。子供どうしでこの山を「ゴロンゴロン山」と呼んでいた。

菅江の歴史略年表

古墳時代//飛鳥
今から2000年以上前、このころから菅江に人が住み始めたと推測される
岩谷付近の山頂に古墳らしき岩がある
菅江は最初4~8軒の集落であった
奈良時代
この頃の、菅江は須恵器の大生産地
893年(寛平5) 伊弉諾尊(いざなぎのみこと)神社創立
鎌倉・室町 安土・桃山時代
1574年(天正2) 助太夫なる者、 道場創設
1577年(天正5) 熊野教化集 (世継、 仏光寺派深光寺蔵)
菅江村の善仏により写されたもの
江戸時代
1666年(寛文6) 半右衛門道場に又左衛門が仏具寄進
1695年(元禄8) 人口 179 人
1722年(享保7) 大火事により集落は全焼
1732年(享保17) 彦根藩に道場再建を願い出る
願人助左エ門、 庄屋 半右エ門戸数 30戸
明治
1878年(明治11) 戸数32、 人口122人
1894年(明治27) 日清戦争勃発
1896年(明治29) 常性寺が山室から菅江に移る
1904年(明治37) 日露戦争勃発 *戦死者1人
大正
1921年(大正10) 戸数40、 人口 189 人
1923年(大正12) 横山隧道完成
昭和
1937年(昭和12) 日中戦争勃発 菅江の戦死者3人
1941年(昭和16) 太平洋戦争勃発 菅江の戦死者5人
1955年(昭和30) 戸数 38、 人口162 人
※年表中の数字は、記録に残っているもの
明治11年(1878)と令和3年(2021)の人口比較
